(2026/8 現在)
いま世間を騒がせているAI(人工知能)。
質問を瞬時に理解して答えを返す頭脳の進化は目覚ましいものがありますが、頭脳の性能がいくら上がっても、その中を走る情報の大渋滞が起きたら意味がありません。
実は今、その目に見えない「通信の大渋滞」や「熱の問題」を物理的に解決するため、ガラスと、なんとあの味の素がタッグを組んで世界を救おうとしています。
最先端テクノロジーの裏側に隠された、ちょっと意外で凄すぎるドラマを覗いてみましょう。
AIのパワーを支えるチップは、もの凄くたくさんの小さなパーツがナノサイズ(10億分の1ミリ)で詰め込まれた「超密度のミクロ都市」です。
● 熱による歪み:頭脳が働きすぎると高熱で土台が歪んでしまい、情報が通る道路(配線)が切れてしまいます。
● ガラスの救世主:そこで登場するのが、大日本印刷(DNP)が本気で作っているTGVガラスコア基板です DNP大日本印刷。プラスチックの土台では耐えられなかった熱と歪みを、ツルツルで頑丈なガラスに変えることで完全に克服しようという救世主です。
● 国内での挑戦:DNPはこの次世代基板を作るため、伝統ある久喜工場に専用の試作ライン(パイロットライン)を新設し DNP大日本印刷、量産化に向けて動き出しています。
「土台がガラスになったなら、もう他はいらないのでは?」と思いますよね。ここで登場するのが味の素です。
● 調味料会社の下剋上:1990年代、アミノ酸研究の応用から生まれた接着フィルムを半導体用に持ち込んだ際、当初は「食品会社に何が分かる!」と冷遇されました。
● 圧倒的な独占状態:しかし、開発したABF(味の素ビルドアップフィルム)は、パーツ同士をショートさせない絶対的な防護膜として性能を発揮 味の素ファインテクノ。今や世界中のパソコンやAIサーバーの頭脳の中で、シェア9割超を叩き出す超重要パーツになっています。
● ガラスとのタッグ: 新しいガラスの土台を使おうとも、その表面に超精密な道を作るためには、やはり味の素のフィルムや新型の絶縁材が不可欠です。
これまで味の素や大日本印刷(DNP)が誇る世界最強の技術は、いわば海外の巨大IT企業や半導体メーカーを引き立てる「天才的な黒子」に甘んじていました。
日本製のすごい材料をわざわざ海外に輸出し、海外の工場でAIの脳みそチップと合体させ、完成した製品をまた日本が買い戻す――そんな、どこか歯がゆい遠回りを何年も続けてきたのです。
しかし、日本はついに目を覚ましました。
「最強の材料がここにあるなら、世界をあっと言わせる完成品を、自分たちの手で、この国の中で作ればいいじゃないか」
そんな悲願とプライドを胸に、国と国内のオールスター企業(トヨタ、ソニー、NTTなど)が総力を挙げて立ち上げたのが、いま北海道千歳市で巨大工場の建設を進めるRapidus(ラピダス)です。
さらに、この物語には最高の続きがあります。
ラピダスの最新工場では、個人向けパソコンではなく世界中のAIの裏側でうなる巨大なAIサーバーやデータセンターをターゲットにした計画が動き出しています。
富士通が開発するAIサーバー向け次世代CPU「MONAKA」や最先端のAI専用頭脳(NPU)など、日本が誇る究極のハイテク頭脳たちの製造が、海外ではなくこのラピダスの工場に委託される方向で進んでいるのです。
これまではバラバラに海外企業を助けていた味の素のフィルムや大日本印刷のガラス技術が、ラピダスという「日の丸」の舞台の上でついに一つに繋がり、本物の『純国産の最強AI半導体・サーバーインフラ』として生まれ変わろうとしています。
実際、DNP大日本印刷もラピダスへの出資や重要部材の共同開発でガッチリと手を組んでいます。
「技術はあるのに主役になれない」と言われ続けた時代はもう終わりです。
海外勢の影に隠れていた日本の老舗企業たちが、いよいよ本気になって世界のAIと通信の未来を「ど真ん中」から引っ張っていく――。
私たちが何気なく使うスマホやAIの向こう側で、いま、そんな鳥肌が立つような逆転ドラマがリアルタイムで進行しているのです。
1990年代、味の素の化学系部署(化成品事業)は、本業のあミノ酸研究の応用を進めるも、事業として苦境に立たされていました。
1990年代、味の素の化学系部署(化成品事業)は、本業のあミノ酸研究の応用を進めるも、事業として苦境に立たされていました。そんな中、「この樹脂技術を、まったく違うエレクトロニクスの世界に活かせないか」と少数の研究者が立ち上がります。
開発した試作品を持って、当時の大手半導体メーカーに飛び込み営業をかけたものの、最初は「え? 味の素って、あの調味料の会社ですよね? 半導体の何が分かるの?」と、まともに取り合ってもらえませんでした。
しかし、当時のパソコン用CPUは急激に高速化しており、従来の液体状の接着剤では配線がショートする限界を迎えていました。
そこで味の素が持ち込んだ「均一で薄いフィルム(ABF)」をテストしてもらったところ、「あれ? どこよりも綺麗に、絶対にショートしないで作れるぞ…!」と、現場の技術者たちが大絶賛。
そこから評価が180度変わり、今や世界のほぼ100%のパソコンやAI頭脳に「味の素の素材」が入るという、世界一の独占状態(シェア95%以上)へと駆け上がりました。
大日本印刷(DNP)は、長年「本や雑誌、パッケージ」を印刷する会社として知られてきました。
しかし、長年培ってきたのは、極限まで細かい線を狂いなく焼き付ける「超微細なエッチング(印刷・パターニング)技術」です。
AIチップの限界を突破するため、DNPは「1ミリ以下の薄いガラスに、目に見えないほど小さな穴を数万個も開け、そこに電気を通す(TGV技術)」という途方もない開発を10年以上前からひそかに進めてきました。
ガラスは一歩間違えると割れてしまう非常に扱いにくい素材です。周囲からは「印刷会社が半導体の根幹をやれるのか」という懐疑的な見方もありました。
DNPは、これまで出版印刷などを支えてきた伝統ある「久喜工場(埼玉県)」のリソースを思い切って再最適化し、ガラス基板を作るための専用ライン(パイロットライン)を新設しました。
紙を刷っていた現場から、世界のAIの未来を物理的に支える「ガラスの超ミクロ道」が今まさに生み出されています。
新たに製造されるNPUには、「目に見えない通信の大渋滞や熱の問題を物理的に解決するという利点がある」と前述しましたが、それだけではありません。
実は、青色発光ダイオードの開発が、LED照明を可能にし、ひいては地球規模での大きな節電効果をもたらした様に、このNPUも世界的規模の節電効果も期待できるのです。
既存のGPUとNPUを「同じAIの処理性能(同じタスク量)」で比較した場合、NPUはGPUの約3分の1から、場合によっては10分の一以下の消費電力で動作します。電力効率(消費電力あたりの性能)で言えば、NPUはGPUの数倍〜十数倍も省エネなのです。
具体的な違いと、なぜそこまで差が出るのかの理由は以下の通りです。
● GPU: 同等のAI処理をさせると、グラフィックボード全体で 15W〜40W ほどの電力を消費することが多いです。
● NPU:同じ処理を専用回路で淡々とこなすため、わずか 1W〜10W前後(数W〜十数W) の低消費電力で完結します。
● 専用設計の差: GPUはもともと「大量の画像や映像をグリグリ動かす(汎用的な並列計算)」ためのものなので、回路やメモリの構造がどうしても大食いになります。一方、NPUは「AIの計算(マトリックス演算・積和演算)」にのみ回路の役割を絞り込んでいるため、無駄な電力を一切使いません。
● データの移動距離: NPUはCPUやメモリと極めて近い場所(同じチップ内=SoC)に配置されていることが多く、データを遠くに飛ばさなくてよいため、配線での電力ロスが激減します。
ただし、NPUは「すでに完成したAIモデルを動かす(推論)」という特定の軽量・反復作業で真価を発揮しますが、「ゼロから巨大なAIモデルを賢く育てる(学習)」や、ケタ違いの超巨大データを一瞬で処理するピーク性能の勝負では、今なお圧倒的なパワー(数百W〜700W超)を持つ大容量GPUが使われています。
● 同じ電力量(たとえば「両者ともに同じ 5Wや10Wなど限られた電力」や、逆に「同じ50Wの電力」をぶつけた場合)でAIの推論・計算をさせたとき、NPUはGPUの数倍〜10倍以上のスピード(処理性能)を発揮します。
● NPU: AI専用の無駄のない回路で計算するため、そのわずかな電力だけでサクサクと高速にAIの受け答えや画像処理をこなします。
● GPU: そもそも大食いな構造をしているため、5Wや10Wといった低電力の枠に制限されてしまうと、十分なコアを動かせずに極端にノロノロ運転になるか、フリーズ状態になってしまいます。
● 回路の「専用道路」と「一般道」の差: NPUはAI計算(積和演算)の回路がダイレクトに組み込まれているため、投入された電力を100%AI計算だけに変換できます。
一方、GPUはグラフィック全般や多様な命令を処理するための「余計なトランジスタ(回路の門)」に電力を食われてしまい、同じ電力を得てもAI計算に使える実質的なパワーが目減りしてしまいます。
● 結果として、「同じ電力量で勝負させたら、NPUは圧倒的な瞬発力と処理量を叩き出すが、GPUはその電力では本来のパワーを全く出せない」という関係になります。
そのため、バッテリーや発熱の制限が厳しいスマホやノートPC、省電力が命のAIサーバーにおいて、NPUの「単位電力あたりの性能(ワットパフォーマンス)」が絶対的な正義として求められているのです。
実は、日本のスーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」の後継機となる「富岳NEXT(仮称)」に搭載される、世界最高峰の国産次世代CPUの製造が、富士通からラピダスへと委託される方向で調整が進んでいます。
これにより、ラピダスの工場は「日本の最先端AI処理を担うNPU」と「日本が世界に誇るスーパーコンピュータの心臓部であるCPU」の両方を生み出す聖地になる計画です。
😄これで「NPUだけでなく、国を代表するスパコンのCPUまで自分たちで作るんだ!」という最高の「やっとか!」感が日本国内に生まれるのではないかと期待が高まっています。
【筆者プロフィール】
アナログ・デジタル総合種 工事担任者。
昭和40年代の「ラジオ・アマチュア無線少年」としての自作文化を原点に、端末設備の設置や外線工事、地下マンホール内での通線作業、果てはPHSの基地局設置など、日本の通信インフラの現場を最前線で支え続けた専門家。趣味はオーディオとフィッシング。現在は、当時の泥臭い現場の知恵を交えながら、現代の「通信の裏側の驚き」を一般ユーザー向けに分かりやすく解説するシリーズ記事を執筆中。